33歳男 親戚宅の柴犬を寺で葬式した時、別れで気分は悲しかった

・軽く自己紹介
 私は、33歳の男性です。私は実家の近くに親戚がいて、私は高い頻度でその親戚宅に伺っていて、その親戚宅にいる中型犬の柴犬と良く遊んでいました。仮名でJとします。今回は、そのJが亡くなって葬式をした時のことを書きます。
・出会いの経緯とか
 私と上記のJの出会いは、そのJを親戚宅が友人から貰ってきた時、私もちょうど親戚宅にいたので、その時に出会いました。そのJは貰われてきた時には5歳ぐらいでした。しかし、親戚宅の人々、時々遊びに行く私にもなついてくれました。そのJは、普段は、家の外の親戚宅の日曜大工が得意な方が作った犬小屋に住み、
親戚宅を強盗などから守る番犬としても活躍していました。また、Jは、人々からもらった遊び道具や、散歩中に拾ったものを、J自身の犬小屋のあたりの土を掘って、そこにそれらを入れて、土を持って隠すという癖がありました。その癖は、何のためにやっているのか、親戚宅、私も良く分かりませんでしたが、その行動が可愛らしいので、みんなから可愛がられていました。
・行動した経緯や時期
 そのようなJも、15歳くらいの時に亡くなりました。親戚宅の人々、私もとても悲しい気持ちになりました。その後、Jに対して、親戚宅方は葬式をやることを決意しました。葬式をやる場所を調べ、親戚宅方の家の近くの曹洞宗に属する禅寺が犬の葬式をやっているということを知り、そこで葬式をすることにしました。葬式の内容は、まずお坊さんがJのためにお経を読んでくれ、次にそのお寺内にある火葬場でJを火葬するというものです。それに、納得した親戚宅方は、私もJの葬式に誘ってくれ、その葬式の日を迎えました。親戚宅方は、Jの死体をタオルのようなものを何枚も使って包み、車で、親戚宅方の家の近くの曹洞宗に属する禅寺に運びました。
・その時の心情
 Jが目的地の寺の祭壇の上に運ばれ、参加者である親戚宅の方々、私がそこに集合すると、お坊さんがお経を唱え始めました。そして、そのお経が終わると、お坊さんはJを火葬場へ運び、火をつけ、火葬しました。私は、火葬場の煙突から煙が出ているのを見て、あの煙がJだと思うと悲しい気持ちになりました。
・後悔していること
 私は本当に後悔していることがあります。それは、私は、お坊さんがJのためにお経を唱え始めた時、そのお経があまりにも可笑しかったので、笑いをこらえきれず、声に出して笑ってしまい、さらにそれが、親戚宅の私と同年代の人にも伝染してしまい、数人でお経を聞いている間、笑いが止まらなくなってしまったことです。葬儀後の、食事会で親戚宅のおじさんから、そのことについて不謹慎だという理由でとても怒られました。そして、私は怒られて当然だし、最低なことをしたと後悔しています。
・みている人にアドバイスがあるとしたら
 葬儀中のお坊さんのお経は聞きなれていないと、面白く聞こえてしまい、笑ってしまうかもしれないという危険性があります。そこで、もし笑ってしまうと、お坊さん、他の参加者の皆様、何より死んでしまったペットに、大変失礼なことになります。だから、お経に絶対に笑わないという自信が無いのならば、軽い気持ちでペットの葬式には参加しない方が良いかもしれないと思います。